2. アウシュビッツの処刑執行人はどんな人?2015年02月11日 00:46



四柱推命では、
その人の持つ星の(吉凶)のパワーバランスを見て
欠けているところを補ったり、弱いところを強めたり
を活す方法を考えたりします。


5行と言う木火土金水(もっかどごんすい)の
バランスが良いと理屈ではラッキーで運勢が良い、
ということになるのですが
時に星が揃いすぎると・・これがまた問題、
というようなことも起こります。


星が揃う人というのは、
現状への満足感があり
不平不満を感じにくくなります。
その人自身は「幸せな人」
となります。


ところがそんな幸せでラッキーな人は
他の人も自分と同じように
考えがちです。

なんでも自己流解釈だったり
一人よがりになったりするのを
気をつけて欲しいのです。


吉星の揃った「幸せな人」というのは
ともすれば肝心な時に危機感なく
他者依存で考えたり、無責任なになったりする
危険性がある。


***


「自分に責任がないなら、
人はどんなことでもやれしまう・・・」

そんな最たる例が
ナチスの「アウシュビッツ大の虐殺」の指導者
アドルフ・アイヒマンでした。

四柱推命で調べてみると
星がすべて揃い、
周囲の人の評価は「悪人」ではなかった。


戦後の戦争責任を問うエルサレム裁判で
当然のことながら、アイヒマンは死刑に
なるわけですが

その裁判を取材していたドイツ系ユダヤ人の哲学者
ハンナ・アーレントはアイヒマンがいわゆる「悪」を
感じさせるような人物ではないことに着目。

「悪」とは一体何かを分析し、
悪の凡庸さ、陳腐さという
論文を発表しました。


端的にいうと「悪はどこにあるのか!?」
悪者がいないのにこんな大惨事が起こったことを
言ったわけです。

それゆえ、ハンナはユダヤ人同胞からは
アイヒマン擁護と言われ、反ユダヤとして大ブーイングに
さらされたのです。


アイヒマンは、自分は命令に従っただけで
なんの責任も罪の呵責もないと主張した。
「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の
数字に過ぎないと言い放ち、最後まで自分は
命令に従っただけと無実を主張した。


ハンナ・アーレントはこう考えた。
あなたの身近にもこんな人がいるだろう。
それはあなた自身であるかもしれない。
社会に有能で、職務に力を尽くし
仕事に責任と自信を持っている人。
人に賞賛され、立派な社会人と見なされる人。...

そして何かあると
「自分は言われてやったので、責任はない。」
という・・・そういう価値観にこそ落とし穴がある・・

戦争や大虐殺を引き起こす「悪」が
内包されているのだと。
だれだって「悪」の権化となってしまう恐れがあると。

たとえアイヒマンを戦争犯罪人として
つるし上げて死刑にしたって
それで一体何が解決できるのか?

そういうことが、ハンナの頭によぎったのだと
思います。


*  *  *  *


帰属する社会や上司が間違った事を
指示すると、我々は一体どうなるのか?

私たち一人一人は
自力で世界を良くする責任を
果たすことができるのか?

とてもむずかしい問題だと思います。





コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://gakeputi.asablo.jp/blog/2015/01/22/7546088/tb